張芸謀プロデュース「印象・劉三姐」―-至福!リアル山水画の中の至高のステージ!

中国で、山水画のような景色で知られるのは、広西チワン族自治区の桂林ですね。
その桂林から、船で奇岩をながめながら漓江下りをして、陽朔の町に向かいました。

陽朔(ヤンシュオ)は、とびっきりオシャレなカフェや、素敵な土産物屋が軒を連ねる一大観光地です。
その陽朔に、
川の中にステージを設けて、
チャン・イーモウがプロデュースした「印象・劉三姐」という野外音楽劇が上演されています。

背景には、奇岩がそびえたつ広大な風景。
次第に暮れて、奇岩が闇に沈んでいく中、時折、ピカっと稲光がして、奇岩が夕闇に浮かび上がります。

むかしむかし、チワン族の村に、女神さまのように人々から慕われてきた歌姫、劉三姐(リュウ・サンチエ)がいました。
彼女は、歌垣で、愛する人と巡り合うのですが、
いろいろあって、他の男と、しかもチワン族ではない男と、結婚しなければならなくなりました。
村の人々は、劉三姐との別れを嘆き悲しみます。
しかし、いろいろあって、結局、劉三姐は異民族との結婚を断り、チワン族の許に戻ってきます。
一度は脱いだチワン族の衣装を再び着るところ、チワン族の誇りと、劉三姐の決意を表しています。

最後は、電飾をドレスにつけて、チワン族の銀のアクセサリーを表現した女性たちがたくさん出てきますが、これがまた実にすばらしく美しかったです。

河の上に、真っ赤な布を敷き詰めた舞台は、まさにチャン・イーモウです。

演じているのは、多くが地元の村の人々。
つまり、素人が多数参加して出来上がっているのです。

本当に素晴らしい舞台でした。

でも、残念なことに、桂林の漓江下りでは、全く日本人の姿を見かけませんでした。
このステージを見ている日本人も、私たちだけでした。

知らないなんてもったいない。
そんなに遠くない世界に、こんなに素晴らしい舞台があるので、
是非ともおすすめしたいです。




モンスター・ハント  捉妖記

夏休み。
中国で大ヒットした映画「モンスター・ハント」を見ました。

純粋に娯楽で、とても楽しい作品でした。

太古から住んでいた妖怪たちは、今や人間のせいでその数を減らし、
権力闘争に明け暮れている。
あるとき、妖怪の王子をみごもった王妃が、謀反人ならぬ謀反妖怪どもに命を狙われた。
王妃は、いまわの際に、卵を取り出し、
女子力高い青年テンインに託し、口の中に押しこんだから、さあ大変。
テンインの腹は次第に膨らんでいくのであった!

そんなテンインを助けたのは、
美女ながら、やることなすこと荒っぽい妖怪ハンター、ショウラン。
鞭を振るって、乱暴だけど凛々しくカッコイイ。

さて、テンインは、一体、体のどこから子どもを生むのでしょうか!
それは見てのお楽しみとして…

ショウランが取り上げて、生まれた妖怪の赤ちゃんフーバ。
ショウランとテンインは、夫婦でもないのに、母さん、父さんと呼び合い、フーバを育てます。

二人は次第に愛情が芽生え、親としての自覚が芽生えていくのですが、
人や家畜の血を吸うフーバに、やっぱり共存は無理だ、と思ってしまうのでした……

俳優がみんな生き生きしていて魅力的。
伸びやかなショウランはとってもきれいでかわいい。
おばあちゃんや、妖怪のエリック・ツァンなど、実力派が面白くて素敵。

「シュレック」のクリエイターが創った妖怪たちは、他とはミスマッチながら、かわいくて面白い。

そして、何よりも、種田陽平さんが創りだす、奇岩がそびえ、霧にけぶった水墨画のような風景と、
中華料理屋や茶店の、いつもながらの凝った素敵な室内が、
このたわいないファンタジーの世界に、格調と、独自な世界観を与えています。

中国では、大ヒットして、いま続編も進行中だとか。
日本でももっと評判になってもいいのになあ。
でも、まあ、ちょっと、
このお話の持つ、あまりにも純でストレートな愛情表現はねえ……、

例えば、
「ほら、赤ちゃんだよ、可愛いだろ、可愛いだろ、ほーら可愛い可愛い」
と、畳み掛けるように言われても、
日本人は、ちょっと引くだろうなあ。
何というか、もうちょっと病んでるんだよね。

というわけで、短期間で終わってしまいましたが、
質が高く、本当に楽しい娯楽映画なので、
機会があったら是非ご覧くださいね。





奇跡の教室

フランス映画「奇跡の教室」を見た。

いまや多民族社会のパリ。
高等学校では、今日も先生たちが、ベールをめぐって南アジア系の女子生徒と不毛な言い合いを続けている。
一方で、過激思想に惹かれていく男子生徒もいる。

落ちこぼれクラスの担当になったゲゲン先生は、歴史と美術史の教師。
勤続20年のベテランで、生徒と妥協はせず毅然としているが、情熱的で、何よりも、学校から見放された落ちこぼれクラスの生徒たちの力を信じて引き出そうとする。
むずかしい、ムスリムの子たちと共に考える、キリスト教美術の授業。
そういうときの教師の気分は、私にも生々しく、良くわかる。

課外活動で始めたのは、ホロコーストの子どもたちについての研究発表。
そして、先生と生徒たちとの手さぐりの共同研究は、ついに全国大会で優勝する。

実際のホロコーストの生存者の講演を聞いた時に、生徒を演じる若者たちは涙を流すが、それは演技ではなかったという。

カメラが短いショットをつないで行く。
無駄のない映像が、先生や生徒たちの心情を映し出す。

生徒が、ホロコーストとシオニズムの類似を指摘したとき、
先生がそれは違うと言って説明するが、その生徒は納得しない。
私は、この部分は、ちょっとひっかかった。
生徒の言うことの方が本質のように思えた。

前に見た「最高の花婿」もそうだったけれど、フランス映画は、多民族社会にちゃんと向き合っているなあ。

よくある学園ものとはまた一味もふた味も違った、素晴らしい映画だった。

キビシイけど面白い「イニョプの道」

久々、NHKで始まった大型韓国時代劇「イニョプの道」。

いつもながら、阿鼻叫喚のスタートに、ちょっと引いてしまったけど、
滑り出すと、なかなか面白いストーリイで、
久々に刺激的で、マンネリ打破で、なかなか楽しめる。

両班のワガママなお嬢様イニョプが、父が謀反人の疑いをかけられて処刑されたために奴婢に身を落とし、
人間家畜として辛酸をなめるが、
たくましく生きていく物語。
そして、いつものお約束、二人のイケメン男性が一途にイニョプを愛し、影に日向に、助け、支え続ける。

踏みつけられれば踏みつけられるほど、みずぼらしい衣に身を包むほど、
どんどん強く、どんどん誇り高く、気高く美しくなっていくイニョプ。

背景にあるのは、王と上王の確執。
高麗の残党と、御落胤騒動。

これからどう展開するのか、とっても楽しみです。

それにしても、
奴婢
という存在が、朝鮮王朝時代の末期まで存在したんですね。
字幕は「使用人」と訳してるけど、日本語だったら中世の「下人」「下男」「下女」がぴったりですね。

ここに描かれる奴婢たちの立場は、
例えば、鎌倉時代の恵信尼(えしんに)が残した書状に出てくる、恵信尼の家にいた下人たちの存在形態にそっくりです。
もちろん、恵信尼は宗教者で、あの親鸞の妻であるからして、虐待したりはしてないけどね。
それでも、身分は厳然としてあるんだよね。

あるいは、鎌倉時代の説話集『沙石集』には、
長居する客の悪口を言ったり、
異なる家の下人同士が主人自慢をしあったり、
主人に折檻される下人などがリアルに書かれています。

下男たちは、主人の「恩恵」で一人前に冠(烏帽子)を被せてもらい、元服することもあり、
そうすると、「太郎冠者」「次郎冠者」なんてことになるわけです。
そう、実は、狂言というのは、小賢しい下男が、まぬけな主人をやりこめて笑いを取る反骨の劇なのですよ。

でも、日本の歴史では、近世になると、奴隷的な下人は次第に消えて、
奉公人という形を取るようになる。
吉原に売られる遊女だって、一応、形の上では年季奉公人なのでした。

朝鮮では、結構あとまで、近代まで奴婢が存在したのですね。
だから、1894年の甲午農民戦争のとき、「奴婢の名簿を焼き捨てろ」という政治改革要求があったという話も聞きます。

「名家の娘ソヒ」(原題「土地」)は、既に20世紀、日帝時代の話ですが、
ヒロインのソヒは、両班のお嬢様ですが、幼馴染みとはいえ、下男のギルサンを夫に選び、人々を驚愕させます。
これは、実は大変、革新的なことだったのですね。







「トットてれび」 同時代のノスタルジー

NHKの土曜ドラマ「トットてれび」を見ています。

60年代は、もはや時代劇なのでしょうが、私もちょっとは知っているので、懐かしいです。

ずいぶんイケメンな九ちゃんだね~とか、
東京オリンピックでカラー放送が始まったと言うけど、本当は、当初はヒドイ色で、お相撲さんの体が紫に見えたんだよ~とか、
実際にカラーテレビが一般家庭にやってきたのは万博の頃だよ、とか、
植木等は、「おふざけおじさん」だけど、堕とせない品格があって、
白いスーツ姿で、鼻筋の通った顔と、お涙頂戴にならない乾いたコメディは、どこかフランス人ぽかった、とか。

そして、
渥美清が寅さんの恰好してたり、
森繁久彌がテヴィエの恰好をしていたりすると、
私の記憶も、青春時代の思い出に変わります。
九ちゃん、黒子の恰好で、「新八犬伝」の○九をやってくれないかなあ。

違和感があるのは、パンダ。
日本の60年代にパンダは存在しないのであって、
1972年の日中国交回復と共にパンダがやってきたのです。
それはもう大事件で、徹子さんは大騒ぎだったので、
おそらく、その話も、今後、語られるのでしょうけど、
若い人は、60年代の子ども番組にパンダのぬいぐるみが踊っていても、何の違和感もないのだろうなあ。

いろいろツッコミを入れて見てると面白いけど、
こんな話を職場でしても、
もはや話の通じないヤカラばかりになってきた今日この頃。

職場では話題にしないでおこうっと。